【KUREHOコラム】みんなのまわりのちょこっと話
KU!Re?呉楽部〈呉TMOメルマガ〉第34号(2006/09/28発行)掲載

先月終わり、「送水トンネル崩落により呉市で断水!」の突然のニュースには、本当にびっくりしました。約2万世帯が1ヶ月近い期間(トンネル修理に約3週間かかるため)断水になる、とも言われ…。
幸い、水道関係者の努力や、市民による節水、ボランティアの協力などで、素早い復旧が実現しましたが、期間が短くなったとは言え、断水・時間給水となった地域の方々は本当に大変だったと思います。
食事、洗濯、トイレ、お風呂と、普段ごく当たり前に使っている水がどんなにか有り難いものだったか、本当に考えさせられました。

びっくりと言えば、この事故をきっかけに「えっ! そうだったの?」と、初めて知った、呉の水事情の数々。

そもそも、送水トンネルは『広島市安芸区』で崩落…「え? 呉の水道なのに何で?」と驚きませんでしたか?
呉市の水源と言えば、藤棚で有名な三永水源地(東広島市)と本庄水源地の2つでは? 本庄水源地のある焼山は安芸区とは接しているから、そのあたりのこと? と疑問がグルグル。
何と、崩落したのは、広島の太田川水系から給水を受けるための送水トンネルだったという事実。

呉の街には二河川、堺川が流れ、川沿いに親水公園、また、日本酒の蔵元もあり、何となく水に恵まれているようなイメージが強かったのですが、よく考えれば、川はあっても大きな河川ではないので、イメージほど水が豊富な訳ではないのですよね。

実際、呉の水道事情が改善したのは、大正7年の本庄水源地、昭和18年の三永水源地の完成以降だったとのことです。
水源地がどちらも戦前の建築であることからも分かるように、呉の水道施設はその多くが旧海軍に由来するものです。
国土交通省中国地方整備局ホームページ内のコンテンツである「中国地方の土木遺産」には、呉の水道施設がいくつも登録されていて、これまたびっくりする事実。

今回の断水で、水道設備の保全も問題となりました。
太田川から給水を受けるようになったのは、戦後、工場で使われる水の確保も含めてだったのかもしれません。
事故の反省から、呉市を含め、東広島、江田島など周辺地域では水道管理、水源確保の見直しが始まっているそうです。
昔から有る設備も管理・整備し、呉ならではの水道事情を構築できれば、いいですね。

ところで!
水道から話がそれますが、水源地からダムつながりで…。
堺川の河口近くに可動堰(開閉する小さいダム)があるって知ってました? 水源地のことをネットで調べていた時に見つけて、これまたびっくり。
呉駅かられんがどおり方向へ向かう途中にあるんだそうです。

何のためのダム? どこにあるの? ・・・と気になる方は、検索サイトで「堺川 河口 可動堰」と入力して調べてみてくださいね。
こんなところにも「知らなかった…呉の水事情」でした。